何故、この映画を作ったのか

 
こんにちは、監督の吉本です。
今回は、自分が何故この映画を作ることにしたのかを書こうと思います。

私は、震災の起こったあの日、フィリピンにいました。
大学卒業を前にスタディツアーで訪れたフィリピンで、私は地震の一報を聞きました。
運悪くテレビなどのメディアから隔絶された田舎の村にいた為、なかなか情報も入ってきませんでした。かろうじて繋がるtwitterやインターネットのニュースサイトから情報を得て、その被害を想像するしかありませんでした。

十分な情報も入ってこない中、日本は本当に大丈夫なのか?自分は本当に家に帰れるのか?という不安にさいなまれました。 初めてその被害に凄まじさを知ったのは地震から2日後。フィリピンの現地の新聞に掲載されていた一面の瓦礫の写真を見たときの衝撃は忘れる事が出来ません。思えばこのときの「何も出来ない」という強い無力感が、自分を被災地へ赴かせるきっかけになったのかもしれません。
 
帰国後、私は働く予定であった会社を辞め、被災地へ映像を撮りに行くことになりました。
不安も当然ありましたが、今こそやらなければならない、という強い思い。そして、今行動しなければ、自分は一生行動できないのかもしれない、という恐怖。それが僕の心を突き動かしていました。何かあてがあったわけでも、作品の完成形が見えていたわけでもありません。でも、行く。
行かなければ始まらない。行動しなければ、誰も救われない。そう信じることで、どうにか自分を保つ事が出来ました。
 
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今振り返ってみると、やはり無謀なことだったと思います。いろいろな人に迷惑をかけました。それでも、いまこの映画を多くの人に届けられるのは、あの時の自分の踏ん張りがあったからだと感謝しています。
震災から時間が経ちあのときの感じた感情も今は思い返す事しか出来ません。もし、僕の映像が、あのとき感じた強い想いを再び呼び起こす一助になれれば幸いです。これからも、多くの人にこの映画を観てもらうために、地道に一歩一歩、上映活動を続けてまいります。ご支援、ご協力よろしくお願い致します。

 
 
2012月03日25 - 監督:吉本 涼