タイトルに込めた想い

 
こんにちは。監督の吉本です。今日は、私がこの映画のタイトルに込めた想いをお話ししたいと思います。

私の制作したドキュメンタリー映画「手のなかの武器」は、支援に関心はあるけれども、何をしたらいいのか分からない。何が出来るのか分からない。といった想いを抱えている人々へ向けて送る、挑戦の物語です。
知識や経験のない若者たちが、被災地の現実に打ちひしがれながらも、様々な手段で活動を行う中で、それぞれが被災地との関わり方を見いだしていく内容になっています。自分にとっての支援とは何なのか、自分の「武器」とは何なのか、という事を考えてもらいたいと思います。
 
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私がここで、「武器」という言葉を使わせてもらったのには、もちろん理由があります。

私が初めて被災地へ取材に向かったのは、まだ瓦礫もあまり片付いていない4月の半ばでした。今考えると、何が撮れるのか、何を撮りたいのか、まだ自分の中で整理もついていないままであったと思います。
撮影を行う中で、いろいろな方々とお話をし、叱咤される中で頂いた言葉が、「カメラは(人を傷つける)武器になる」という言葉でした。

本当に自分は被災地へ来て良かったのか?映像を撮るなんてやめた方がいいのではないか?自分の中で、迷いや恐怖に、もう撮影はやめにしようと考えた事もあります。
それでも、映像を撮る事で何か被災地の為になりたい、という自らの気持ちを頑に信じる事で、どうにか撮影を続ける事が出来ました。

そんな中、私は現地の被災者の方にお話を伺った際、「こうやって来てくれるだけも嬉しい。是非多くの人に伝えてほしい。」という言葉を頂きました。
 
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確かに、カメラは時として、人を傷つける「武器」にもなります。しかし、自分が今まで学んできたもの経験した事を最大限生かした支援の形が、「映像で伝える」という事でした。

スポーツやアートなど、自分の出来る形で支援を行う若者を見る中で、私は、もっとやれる事は沢山ある。いま被災地に来れていない人も、自分の出来る事をやる事で、被災地の為になれる、と考えるようになりました。
そして、それを伝える事が出来るのが「映像」であり私の強み。つまり「武器」なのだろうなと思いました。
 
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そして、「武器」となるものはツール(手段)だけではありません。カメラを扱えなくても、絵が描けなくても、瓦礫を運ぶ体力がなくても、「苦しんでいる誰かの為に何かしたい。」という、その想いが自らを行動に駆り立て、人を動かし、人の心に光を灯す、一番の「武器」になるのではないかと思います。

今後も、多くの皆様に本映画を拝見してもらう事で、自分にとっての「武器」を見つけてもらえたらと思います。

 
 
2012年03月26日 - 監督:吉本 涼